大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6929号 判決 1965年4月26日

原告 マーシヤル・エム・クレス 外一名

被告 ゼ・ホーム・インシユランス・コンパニー

主文

1  被告は、原告らに対し各金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年九月一三日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの平等負担とし、その一を被告の負担とする。

4  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告らに対し各金一、一五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年九月一三日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮報行の宣言を求め、その請求の原因として、

(事故の発生)

一、昭和三六年八月二二日午前五時五〇分頃横浜市保土ケ谷区今宿町二四九番地先路上において訴外ジエームズ・アール・マクニール(以下「マクニール」という。)の運転する普通乗用自動車(神奈川三E七三三二号。以下「訴外車」という。)と訴外古郡儀一の運転する貨物自動車(神奈川一あ六三八三号。)とが正面衝突し、よつて訴外車に同乗していた訴外ジエローム・モンロー・クレス(以下「クレス」という。)は、右事故による負傷のため同日死亡した。

(責任原因)

二、マクニールは、在日米海軍上瀬谷通信保安隊に所属し、平素その所有にかかる訴外車を自己のために運行の用に供していた者であるところ、右事故は、マクニールが自己のため訴外車を運転していたときに生じたものである。

(損害)

三、よつて、マクニールは、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により原告らの受けた次の損害を賠償すべき義務がある。

(1)  クレスの得べかりし利益の喪失による損害

(一)  クレスは、在日米海軍々属で、死亡当時二〇才の白人男子であつたから、その平均余命は、米国デパートメント・オブ・ヘルス・エジユケーシヨン・アンド・ウエルフエアー発行のアメリカ合衆国生命統計一九五九年版によると、五〇・一年である。そして、クレスが死亡当時米国政府から支払いを受けていた収入は、月額二三二ドルであり、その他にクレスの両親である原告らに対し月額三〇ドルの手当が支給されていた。

(二)  右二三二ドルからクレスの生活費として控除すべき金額は、六割を越えない。従つて同人の得べかりし純収入月額は、二三二ドルからその六割相当額一三九ドル二〇セントを差引いた残額九二ドル八〇セントに前記手当三〇ドルを加えた一二二ドル八〇セントとなり、純収入年額は、その一二倍である一四七三ドル六〇セントとなる。

(三)  クレスが右事故に遭遇しなかつたならば、なお平均余命五〇年の間就労することが可能であるから、その間の総純収入額についてホフマン式計算方法に従い各年毎に年五分の割合による中間利息を控除して、右事故当時の一時払額に換算すると、金三六、四〇〇ドル七八セントとなる(クレスの純収入年額に五〇年の単利年金現価率二四・七〇一九四二〇一を乗じて算出した。)よつてクレスは、同額の得べかりし利益の喪失による損害を受けた。

(2)  クレスは妻子がないので、同人の両親である原告らは、同人の死亡により、右(1) (三)の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一あて相続した。従つて原告らは、各金一八、二〇〇ドル三九セントの損害賠償債権を取得した。

(3)  原告マーシヤル・エム・クレス(以下「原告マーシヤル」という。)の支出した葬儀費用金六〇〇ドル三〇セント、その内訳は、次のとおりである。

(一)  葬儀社への支払い 金三三一ドル七〇セント

(二)  新聞広告 金三ドル六〇セント

(三)  墓石代金 金一四〇ドル

(四)  墓地購入費用 金一〇〇ドル

(五)  ミサ謝礼 金二五ドル

(4)  原告マーシヤルの得べかりし利益の喪失による損害金二四二ドル八〇セント

原告マーシヤルは、クレスの死体引取および葬儀のため勤務先を休業した期間の賃金二四二ドル八〇セントの得べかりし利益を喪失し、同額の損害を受けた。

(5)  原告らの慰藉料各金一、五〇〇ドル

原告らは、クレスの父母として前途ある同人の不慮の死によつて、将来の希望を一瞬にして失い、多大の精神的打撃を受けた原告らの受けた右精神的苦痛に対する慰藉料は、各金一、五〇〇ドルを下らない。

(6)  以上のしだいであるから、マクニールに対し原告マーシヤルは、右(2) 乃至(5) の合計金二〇、五四三ドル四九セント(邦価換算金七、三九五、六五六円)、原告ジヤネツト・エム・クレス(以下「原告ジヤネツト」という。)は、右(2) (5) の合計金一九、七〇〇ドル(邦価換算金七、〇九二、一四〇円)の損害賠償債権を取得した。

(直接請求と代位請求)

四、ところでマクニールは、訴外車の運行によつて他人の生命を害した場合における損害賠償金の支払いを確保するため、昭和三六年五月二四日被告会社との間で保険金限度額を死亡の場合一人当り金五〇万円、保険期間昭和三六年五月二四日以降同年一一月二四日とする自動車損害賠償保障法第一一条所定の責任保険契約(いわゆる強制保険)および保険金限度額を一人当り金五、〇〇〇ドル(邦価換算金一、八〇〇、〇〇〇円)、一事故当り金一〇、〇〇〇ドル(邦価換算金三、六〇〇、〇〇〇円)、保険期間を右と同じくする自動車損害賠償責任保険契約(いわゆる任意保険)を各締結した。

よつて原告らは、被告に対し自動車損害賠償保障法第一六条第一項の規定により右強制保険金五〇〇、〇〇〇円の限度において、第三項の損害金のうち各金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する履行期後で本件訴状送達の日の翌日である昭和三八年九月一三日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、民法第四二三条第一項の規定により第三項の損害賠償債権を保全するためマクニールが被告に対して有する右任意保険金一、八〇〇、〇〇〇円の請求権を各金九〇〇、〇〇〇円およびこれに対する履行期後で本件訴状送達の日の翌日である同年同月同日以降完済に至るまでの法定利率内の年五分の割合による遅延損害金の限度においてマクニールに代位して行使する

と述べた。

立証<省略>

被告訴訟代理人は、「1原告らの請求を棄却する。2訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は、認める。

二、請求原因第二項の事実は、認める。

三、請求原因第三項の事実は、不知。

四、請求原因第四項の事実のうち、マクニールが被告会社との間で原告主張のような保険契約を締結したことは認めるも、本件事故に関し、マクニールが被告に対し金二、三〇〇、〇〇〇円の保険金請求権を有すること従つて、原告が債権者代位権を有するとの事実は、争う。すなわち、

(一)  損害額五〇〇、〇〇〇円までを填補する、いわゆる強制保険はとも角、これを超える損害を填補すべき任意保険について、被害者たる第三者から直接保険会社に対し損実填補を請求することは、英米法系の本件保険約款の本質を全く誤解乃至は無視したものといわなければならない。

(二)  本件のような責任保険契約における「保険事故」とは、「本則としては被保険者が法的責任を負担したことであるといわなければならない。ただ法的責任が発生したか否かは事実上明確を欠く場合が少くない。この不明確さによる法的紛争を避けるため、約款により、あるいは被保険者が第三者から責任について請求または訴求を受けたこと、あるいは敗訴判決を受けたことあるいは責任を履行したことなどを保険金支払いの前提とすることは、さしつかえない。ドイツ保険契約法第一四九条は、保険者は被保険者が保険期間中に生じた事実に対する責任にもとづき第三者になすべき給付を填補する義務を負うものとするとともに、同第一五四条は、第三者が被保険者より弁済を受け、または第三者の請求が確定判決または和解により確定した時から二週間内に損害填補をなすことを要するものと定める。」(以上、大森忠夫著、法律学全集「保険法」第二一八-九頁)

(三)  本件事故に適用されるべき原告とマクニールの保険約款は、次のとおりである。

(イ) 損害てん補条項一、保険事項A1(身体傷害賠償責任)「自動車の所有、保存または使用上生じた偶然な事故のために他人が受けた身体傷害または疾病(これに因る死亡も含みます)に対し被保険者が法律上損害賠償責任を負担する場合その支払うべき金額の全額をてん補すること」

(ロ) 条件一四、当会社に対する訴訟-保険事項A1およびA2「当会社に対する訴は、現実の裁判を経て被保険者を敗訴とする判決によつて、または被保険者、損害賠償請求者および当会社との三者間の文書による合意によつて、被保険者の支払うべき損害賠償額が最終的に確定するまでは、これを提起することができません。またこの訴は、上記の判決または合意の日から十二ケ月以内に提起しなければなりません。被保険者の損害賠償責任を定めるために提起された訴においては、いかなる人または団体も当会社を共同被告とする権利を有しません」

(四)  すなわち、右保険約款は、損害填補条項第一項において、被保険者が自動車事故に関し法律上損害賠償責任を負担する場合に保険会社(保険者)の填補義務が発生すると規定している。しかし、右条項は抽象的、一般的な規定にすぎず、いかなる時にかかる填補義務が顕在化するかは、責任保険の本質および保険約款の他の条項を検討した上で決定しなければならない問題である。

第一に、責任保険の本質および前記損害填補条項第一項から考えて、被保険者が損害賠償責任を履行した場合、すなわち被保険者が被害者(損害賠償請求権者)たる第三者に弁済した場合に保険金請求権が発生することは疑いない。しかして、これは被保険者から保険会社に対する請求権であり、被害者たる第三者はすでに弁済を受けた後なのであるから、何らの保険金請求権をもたないこと当然である。我が国の各保険会社の自動車損害賠償責任保険約款は、すべて一様に「当会社がてん補すべき損害は被保険者の被害者に対する賠償債務の弁済としての支出に限る」し、被保険者が被害者に弁済した時に、またその時に限り保険金請求権が生ずるとしているのである。

第二に、保険金請求権が具体的に発生する場合は、条件第十四項が規定するとおり、被保険者に敗訴判決が下されたとき又は被保険者、保険会社及び被害者(損害賠償請求権者)たる第三者の三者間で損害賠償支払いに関する文書による合意が成立したとき」である。これは前述したドイツ保除法第一五四条の「第三者の請求が確定判決または和解により確定した時」と全く同じ規定である。この場合に発生する保険金請求権は、第三者が保険会社に対し直接有する請求権であることを注意しなければならない。敗訴判決や合意に基づき被保険者が第三者に現実に弁済をすれば、それは第一の場合になるにすぎない。

(五)  本件保険約款により保険金請求権が発生するのは、以上に述べた場合であり、またその場合に限られる。従つて、被保険者たるマクニールより被害者たる原告に対し何らの弁済もなく、また敗訴判決も合意もない本件では、保険金請求権そのものがいかなる形においても未だ発生していないのである。原告は債権者代位権を云々するが、被保全権利たるべき被告会社とマクニール間の保険金請求権そのものが発生していないのであるから、債権者代位の余地がないことは、きわめて明らかである。

(六)  ところで、本件保険約款は、「敗訴判決又は三者間の合意がなければ、保険会社に対し訴を提起できない」という形で規定されており、これが所謂ノー・アクシヨン・クローズ(訴訟禁止条項)と呼ばれている。しかして、原告の引用する判例(甲第一四号証)によれば、かかる訴訟禁止条項は債権者代位権制度の適用を禁止する契約であり、債権者代位制度は、本質的には訴訟法的規定であるから、かかる契約は訴訟法上の契約として無効のものであると判示している。

しかしながら、右の議論は、判例法国たる英米法系の法制を全く理解しないか、或は誤解したためのものといわなければならない。英米法系においては、周知のごとく、我が国またはヨーロツパ大陸法系と異なり、実体法と訴訟法がそれほど明確に分離していない。従つて、本来実体法的な規定を訴訟法的に規定する場合が少なくないのである。すなわち、いかなる場合に権利が発生するかを規定せず、いかなる場合に訴訟を提起し、勝訴の判決を受けることができるかを規定するのである。例えば、我が国または大陸法では権利の消滅時効という概念が存在するが、英米法ではかかる消滅時効という概念はなく訴訟提起期間が定められているにすぎない。すなわち、何年経てば権利が消滅すると規定するのではなく、何年経てば訴を提起できなくなると規定するのである。我が国または大陸法でも除斥期間という制度があるので、これは必ずしも適切な例とはいいがたいかも知れないが、英米法の訴訟法的思考方法というものを知る一助にはなると信ずる。

本件保険約款の「敗訴判決又は三者間の合意がなければ保険会社に対し訴を提起できない」という規定も、裏を返せば「敗訴判決又は三者間の合意がなければ保険会社に対する保険金請求権は生じない」という意味であり、ドイツ保険法第一五四条の「保険者は……第三者の請求が確定判決又は和解により確定した時から二週間内に損害填補をなすことを要する」との規定と実質的には全く同じものなのである。すなわち、この規定は訴訟法上の契約でも何でもなく、保険金請求権の権利発生要件を定めた実体的規定にほかならない。

(七)  以上のように本件保険約款を解するとき、被害者たる第三者の救済の道を不当に閉すことになるとする議論がある。

しかし第一に、損害賠償責任保険の直接の目的は、被害者の救済でなく被保険者を不慮の出費から守るにあり、被害者の救済は間接のものでしかない。このことは、日本の各保険会社の責任保険約款をみれば、一目瞭然である。すなわち、前述したように、日本の保険会社は、「当会社がてん補すべき損害は被保険者の被害者に対する賠償債務の弁済としての支出に限る」として、かかる場合にのみ保険金を支払うのである。しかも殆どすべての会社が被保険者の支払額の四分の三に限つて填補することにしている。従つて、被保険者が支払能力なく現実に一銭も賠償を支払えず、またごく少い金額しか支払えないような場合には、被害者は全く救われないのである。日本の保険会社は被害者の救済を直接は勿論間接の目的とさえしていないのである。それ故にこそ、自動車損害賠償保障法のいわゆる強制保険においては、被害者請求と称して被害者に直接の保険金請求権を与える必要があつたのである。

第二に、本件保険約款では、既に詳述したとおり、被害者の直接の保険金請求権を否定するどころか、一定の条件の下に、直接請求権を認めているのである。

しかして、その必要条件を懇切丁寧に保険約款において規定しているのであるから、被害者においてその要請に応じてもらえれば、保険会社としては何時でも保険金を支払うのにちゆうちよしないのである。ただ損害額は三者間の合意か、被保険者と被害者間の訴訟で決定してもらいたい、損害額決定のための訴訟には保険会社をまき込んでもらいたくない、と要求しているにすぎない。そうでないと、保険会社は無数の訴訟にまき込まれ、全く困惑してしまうからである。その代り被保険者敗訴の判決があれば、保険会社はいつでも保険金を支払う用意があるのである。

ところで原告の引用する判例によれば、本件保険約款と同趣旨の約款が「現実の裁判を経て被保険者を敗訴とする判決」がない限り、保険金請求権は生じないと定めるところ、被保険者が行方不明となり公示送達で裁判が行われる場合は、現実の裁判を経ないことになるから結局被保険者が行方不明の場合は、被害者は永久に救済の道を閉ざされることになつて不当である、と判示する。しかしこれは「現実の裁判を経る」の意味を全く誤解したために出て来る結論である。すなわち、ここに「現実の裁判を経る」とは、請求の認諾または請求原因の自白により裁判が終了することを除く意味であり、請求原因事実が証拠により認定されることを要求しているにすぎない。公示送達で裁判が進められる場合でも、事実は証拠により認定されるのであるから、「現実の裁判を経た」ことになることは、当然である。

(八)  以上のような保険会社、被保険者および被害者たる第三者の基本的関係を定めた本件保険約款は、被告会社のみが採用している特異な約款ではない。この約款は、米国でも、英国でも、ドイツでも、その他あらゆる文明諸国の殆んどにおいて採用されているものなのである。かかる世界共通の保険約款の最も重要な部分たる、保険会社、被保険者および被害者たる第三者の基本的関係に関する規定の効力を、訴訟禁止の条項なりとする奇怪な議論によつて否定せられんか、保険業界は全くの混乱に陥いらざるをえないことは明らかであるのみならず、かかる議論が全く根拠なきものであることは、きわめて明白なりといわなければならない。債権者代位を主張する原告の請求は、いかなる点よりするも理由なきものである。

と述べた。

立証<省略>

理由

一、請求原因第一項(事故の発生)および第二項(責任原因)の各事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで損害について判断する。

(1)  クレスの得べかりし利益の喪失による損害

(一)  成立に争いのない甲第四乃至第六号証によれば、クレスは死亡当時満二〇才一一ケ月余(一九四〇年九月二〇日生)の白人男性で在日米海軍に勤務していたこと、そしてその給料月額は、二三二ドルであり、そのほかにクレスの両親に対する扶養手当として月額三〇ドルが支給されていたことが認められ、反対の証拠はない。

(二)  ところで原告らの自陳によれば、クレスの一ケ月の生活費は、右給料月額の六割を越えない額であるから、給料月額二三二ドルから右六割相当額の一三九ドル二〇セントを控除した残額九二ドル八〇セントに前記扶養手当三〇ドルを加算した一二二ドル八〇セントがクレスの一ケ月における純収入であるということができる。従つて、同人の一ケ年の純収入は、一、四七三ドル六〇セントであること明らかである。

(三)  そして成立に争いのない甲第三号証によれば、アメリカ合衆国の満二〇才の白人男性の平均余命は、五〇・一年であるから、クレスの可働年数は、特別の事情がないかぎり、就労可能年数である六〇才に達するまでの四〇年間と認めるのが相当である。従つて、同人の四〇年間における総純収入額についてホフマン式計算方法に従い各年毎に年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故当時の一時払額に換算すると、三一、八九二ドル五四セント(セント未満四捨五入)となることが計算上明らかである。従つて、クレスは同額の得べかりし利益の喪失による損害を受けたものということができる。

(ホフマン式計算方法-クレスの純収入年額に四〇年の単利年金現価率を乗じて算出する)

1473〔ドル〕60〔セント〕×21.6426 = 31892〔ドル〕54〔セント〕

(2)  成立に争いのない甲第五、第六、第七号証、第一五号証の一、二、三によれば、クレスは、原告マーシヤルを父とし、原告ジヤネツトを母として、両人の間に出生し、その出生登録証明書はアメリカ合衆国ウイスコンシン州マデイスンの州人口統計登録官吏の役場に登録保存されていること、ところでクレスは本件事故当時独身で妻子を残さず死亡したが、相続の準拠法であるウイスコンシン州制定法第二三七条第一項第二号によれば、無遺言の死亡者に法律上の妻子がない場合、同人の両親が生存しているときは、両親が同人の相続人となる旨規定されていることが認められる。従つて、原告らは、クレスの死亡により前項(三)の損害賠償債権を各二分の一あて相続したものと認めるのが相当である。よつて、原告らは各一五、九四六ドル二七セントの損害賠償権を取得したものということができる。

(3)  原告マーシヤルの支出した葬儀費用

前顕甲第一五号証の一、二、三とこれによつて真正に成立したものと認められる甲第八、第九、第一〇号証によれば、原告マーシヤルは、死亡したクレスのための葬儀費用としてマレシ葬儀社へ三三一ドル七〇セント、御回葬御礼のためにジヤーナル・タイムズ社へ新聞広告料三ドル六〇セント、クレスのための墓碑代一四〇ドル、クレスのための墓地代一〇〇ドルおよびミサの謝礼二五ドル以上合計六〇〇ドル三〇セントを支払つたこと、そしてアメリカの慣習では、墓地と墓碑は個々の死者のために用意され、同一の墓碑の下に二体以上埋葬されることはないことが認められる。従つて、原告マーシヤルは、本件事故のため右六〇〇ドル三〇セントの損害を受けたものということができる。

(4)  原告マーシヤルの得べかりし利益の喪失による損害

前顕甲第一五号証の一と成立に争いのない甲第一一号証によれば、原告マーシヤルは、ウイスコンシン州ラシーヌに事務所と工場を有するウエブスター電気会社に勤務していたが、クレスの死体引取りおよび葬儀のため一九六一年八月二三日から同年九月五日まで右勤務先を休み、二四二ドル八〇セントの得べかりし賃金を喪失したことが認められる。従つて同被告は、同額の損害を受けたものと認められる。

(5)  原告らの慰藉料

前顕甲第一五号証の一、二によれば、原告らは、最愛の子のクレスの死亡により精神的に非常な痛手を受けたことが認められる。右認定事実と前記認定の原告マーシヤルの社会的地位および本件事故の態様をあわせ考えると、原告らが本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、各金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(6)  そうすると原告マーシヤルは、右(2) 乃至(4) の合計一六、七八九ドル三七セント(邦価換算額金六、〇四四、一七三円と(5) の合計金七、〇四四、一七三円、原告ジヤネツトは右(2) の邦価換算額金五、七四〇、六五七円と(5) の合計金六、七四〇、六五七円の損害賠償債権を取得したものということができる。

四、そこで次に原告らの被告に対する請求の当否について判断する。

(一)  マクニールが被告会社との間で原告ら主張のような保険金限度額を死亡の場合金五〇〇、〇〇〇円とする、いわゆる強制保険および保険金限度額を一人当り金一、八〇〇、〇〇〇円とする、いわゆる任意保険を締結していたことは、当事者間に争いがない。

(二)  従つて、被害者である原告らは、それぞれ自動車損害賠償保障法第一六条第一項の規定により直接被告に対し、右強制保険金五〇〇、〇〇〇円の限度において各金二五〇、〇〇〇円の支払を求めることができるものである。

(三)  ところで原告らは、民法第四二三条第一項の規定により前記損害賠償債権を保全するためマクニールが被告に対して有する右金一、八〇〇、〇〇〇円の保険金請求権を各金九〇〇、〇〇〇円の限度においてマクニールに代位して行使する旨主張し、被告は、右保険金請求権は未だ現実化していないから、債権者代位権の対象にならない旨抗争するので、審究するに、成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、マクニールが被告会社との間で締結した前記任意保険契約は、「自動車の所有、保存または使用上生じた偶然な事故のために他人が受けた身体傷害または疾病(これに因る死亡も含みます)に対し、「被保険者」が法律上損害賠償責任を負担する場合、その支払うべき金額の全額をてん補すること」を内容とするものであること、そして右保険契約においてはさらに「当会社に対する訴は、現実の裁判を経て「被保険者」を敗訴とする判決によつて、または「被保険者」、損害賠償請求者および当会社との三者間の文書による合意によつて「被保険者」の支払うべき損害賠償額が最終的に確定するまでは、これを提起することができません。またこの訴は上記の判決または合意の日から一二ケ月以内に提起しなければなりません。」という約定がなされていることが認められる。

そして、右認定事実に徴すれば、右任意保険における保険事故は、被保険者が法律上損害賠償責任を負担したことであるが、保険金のてん補義務の発生時期は、前記約定の定める二個の事由によつて被保険者の被害者に対する損害賠償債務が確定した時と解するのが相当である。けだし、前記認定の約定は、単に出訴権の制限に関する訴訟法上の合意のように解されるけれども、それのみにとどまらず、保険者のてん補義務の発生時期をも定めた実体法上の合意を包含するものと解するのが正当であり、そのかぎりにおいて右約定の有効性を肯認することができる。もし右約定が単に訴訟法上の合意のみを定めたものにすぎないとすれば、右合意は無効といわなければならないが、しかし不法行為による損害賠償の場合、被保険者である加害者が法律上賠償責任を負担したという一事では未だ賠償額が確定しないのが通常であり、従つて保険者も被保険者に対し、いかなる額の保険金を支払うべきか判明しないことを考えると、右約定はこういつか損害賠償債務の特殊性を考慮して保険者のてん補義務の発生時期を(一)現実の裁判を経て被保険者を敗訴とする判決によつて、または(二)被保険者、損害賠償請求者および保険者との三者間の文書による合意によつて、被保険者の支払うべき損害賠償額が最終的に確定した時と定めたものと思われるのである。そして保険契約の当事者がかようにてん補義務の発生時期を保険契約において定めることは、もとより適法であつて、たとえこれにより被害者である第三者が不利益な地位におかれようと、そのこと自体は、かかる責任保険契約の性質上やむをえないところといわなければならない。

してみると、右約定に定める事由の発生を証明する証拠の存しない本件の場合には、マクニールの保険金請求権は、未だ発生しないものといわざるをえないから、右発生を前提とする原告らの民法第四二三条第一項の規定による債権者代位権に基づく請求は理由がないものというべきである。

五、以上のしだいで原告らの本訴請求は、それぞれ前記強制保険金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する履行期後で本件訴状送達の日の翌日であることの明らかな昭和三八年九月一三日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから正当として認容し、その余の請求を失当として棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉野衛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例